志村けんさん「泥酔しても…」“師匠”が明かす芸道への執念(引用元 jisin)

Hisasi 2020/11/06 告発 我要评论

「志村さんが僕のことを“先生”とか“師匠”と呼んでくださったりしていたので、一緒に飲みに行ったりすると『あの志村さんが師匠と言うんだから』と周りの人から気を使われ、困りました(笑)。実は志村さんは人から指導を受けるのがあまり好きではなかったらしく、珍しいことだったようです」

そう神妙に語るのは、故・志村けんさん(享年70)の津軽三味線の“師匠”上妻宏光さん(47)だ。今年3月に急逝した志村さん。8月22日に放送される『24時間テレビ』(日本テレビ系)でも志村さんを題材にしたドラマが企画されるなど、志村さんの生きざまが改めて人々を引きつけている――。

《ライブに参加したり、CMで共演したり、僕の演奏をCDに収録していただいたり色々な事がありました。(中略)上妻師匠にはとても感謝しております。ありがとうございます。今後ともご指導宜しくお願い致します》

志村さんが逝去する約1カ月前の2月に、ソロデビュー20周年を迎えた上妻さん。志村さんからはこんなお祝いのメッセージが贈られていた。当時を思い出し、上妻さんはそっと目頭を押さえる。

「最後に直接お会いしたのは昨夏、舞台『志村魂』の稽古でした……」

2人の付き合いは16年前から。志村さんのラジオ番組に上妻さんが出演したのがきっかけだった。

「実は、お会いしたのはそのときが最初じゃないんです。子どものときに、『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』(TBS系)の特番にいろいろな特技を持った20人くらいの子どもが出演したことがあって。僕も三味線で出たんですよ。ご縁があったんですね」

以前から志村さんは上妻さんのCDを持っていたそうだ。ラジオ番組で共演した際、上妻さんは自ら作曲した『紙の舞』をリクエストされ、披露。放送終了後に、志村さんから「この後、どうですか?」と食事に誘われたという。

「そのとき『三味線やりたいんだよね』とお話しされていたんです。僕は弟子をとらないので『よかったらどなたか紹介しますよ』と伝えたのですが、『いやあ、『紙の舞』を演奏したいからなぁ……』と。ただ、お酒の席でしたし、本気ではないだろうなと思っていたんです。

しばらくして、今度は志村さんのテレビ番組のゲストに呼んでいただいて、その収録後に『本当に三味線をやりたいので、連絡先を交換しませんか』とおっしゃるので真剣なお話だとわかったんです。それからは週に2~3回、稽古をやっていました。休みは入りますが、だいたい2時間くらいです」

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